21 れてきた。たとえば,ヴントに よる「心理学の講義は実験を供 覧しつつ行われた」(今田, 1962, p.206)。現在の日本でも心理学実 験供覧用の機器セットが販売され ており,こうした目的のために実 験を用いることはまれではない。 このように,実験は一種の見世物 として,デモンストレーションと して用いられてきた面がある。実 体験として得られたものは体験者 に強いインパクトを残す。理論通 りに錯視図形を変形すると見えが 変わるといった体験は,その理論 が正しいという印象を与え,心理 学への理解や関心を深めることが 期待される。たとえば,ゲシュタ ルト心理学はこのような実験のデ モンストレーション性を積極的に 活用したという評価もあるように (Gordon, 2004),例を挙げながら プレグナンツの法則などを説明さ れるとその通りだという実感が伴 う。心理学の草創期には,実験計 画法がまだ確立していなかったり 十分に普及していなかったため に,実験そのものの持つ意味が現 代とは異なっていた可能性がある (フィッシャーによる『研究者の ための統計的方法』が出版された のは1925年である)。しかし,実 験を通しての体験が学生の教育や 一般市民への心理学の普及に大き な効果を持つことは現代も変わら ないだろう。 一方で,心理学を専門的に学 ぶ者としては,デモンストレー ションに感心しているばかりでは 十分ではない。その現象がなぜ起 こるのか,説明として提示され た仮説は妥当であるのかを科学的 に検証する姿勢を身につける必要 がある。そのためには,二つの段 階があるのではないだろうか。一 つは,実験を行う手技を身につけ ることである。厳密な測定を行う ためには,適切な手続きに則る必 要がある。たとえば,カウンター バランスなどは,実験の実施者に とっては煩瑣であるが,そのよう にしなければならない理由を理解 し,これを正しく行うことは,単 に実験を体験することを超えた, 一歩進んだ心理学の学習であると いえよう。言うなれば,これは実 験者としてのトレーニングもしく は研修の段階である。最近の動向 を踏まえるならば,実験参加者と 得られたデータに対する倫理的な 取り扱いについての学習もこの段 心理学を専攻とする学科では必ず実験演習が行われています。今一度原点に立ち返り,その意義や 普遍性は何か,現在の心理学実験演習は昔と比べて変わっているのか,大学や学科の特徴によって 内容は違うのか,それはどのように設計されているのかを特集としました。 (北㟢充晃)
心理学実験演習 ’
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心理学者はどういうわけか系統 的な実験および方法論の教育にこ とのほか熱心であるというのが大 学院生のころから私が抱いている 感慨である。おそらく,隣接分野 の教育事情をいくらか知るように なったり,ティーチング・アシス タントの役割を担うようになった ために,心理学の教育カリキュラ ムを距離を持って見られるように なった結果だろう。調査したわけ ではないが,日本の社会科学分野 の教育において,どこの大学でも 決まって同じような内容の実験演 習の科目があるという分野は少な いのではないか。こうした心理学 実験演習は日本に心理学が導入さ れて間をおかず取り入れられたも のとみられる(肥田野, 1998)。 心理学教育において実験を体験 することの重視は現代日本にはじ まったわけではないらしい。現代 的な心理学は実験室の創設をその 嚆矢と見なすことが多い。つま り,「実験をする」ということが 現代的な心理学とそれ以前との違 いだという考えが背景にある。実 験はもちろん研究の手段として採 用されたものだが,同時に教育 の手段としても早くから用いら小特集
心理学実験演習とは何か
大正大学心理社会学部 専任講師井関龍太
(いせき りゅうた) Profile─ 筑波大学大学院一貫制博士課程心理学研究科修了。博士(心理学)。専門は認知心理 学,言語心理学,教育心理学。著書は『心理学,認知・行動科学のための反応時間ハ ンドブック』(分担執筆,勁草書房),『読書教育の未来』(分担執筆,ひつじ書房)など。22 階に含まれるだろう。そして,次 の段階としては,実験を実施して 得られたデータを分析し,結果に ついて解釈し,報告を執筆するこ とがある。これは,もちろん,科 学者の卵としての学習を意図した ものである。この段階の活動を通 して,具体的には心理学的現象と その研究の方法論を,より一般的 には科学的なものの見方,考え方 を学ぶことになる。 まとめると,心理学の実験を体 験することには,大きく三つの側 面がある。すると,心理学実験演 習を通して学習者は大きく三つの 立場から実験を体験することにな り,それによってさまざまなこ とを学べる可能性がある(表1)。 第一は参加者の立場であり,デモ ンストレーションとして実験を体 験することによって,心理学の現 象や背景にある理論などを学ぶ。 第二に実験者の立場があり,専門 的知識を体得するための一種の研 修として,方法論や実験手技,参 加者の具体的な取り扱いを学ぶ。 第三に科学者の立場であり,収集 したデータの分析と報告を行うこ とを通して,統計的手法と科学的 レポーティングを実地で学ぶ。 心理学実験演習には,さまざま なテーマが取り上げられる。日本 の高等教育機関において最もよく 取り上げられるのは,ミュラー= リヤー錯視,鏡映描写,ストルー プ効果である(井関, 2019)。同 じテーマであっても,上の三つの 側面をそれぞれどの程度重視する かによって実施方式は異なること が予想される。まず,参加者の立 場については,ほとんどの実験演 習において,実際に実験に参加す るという形で採用されていると思 われる。実験者との役割交替の都 合などで,一部の場合に参加者を 経験しないということはあって も,まったく参加者を経験しない 実験演習はみられないだろう。一 方,実験者の立場については,環 境によって強調する度合いが変 わってくるだろう。用意された条 件や装置,教示を用いて,指定通 りに実験を実施するという,マ ニュアル通りに行うということも 考えられる。条件の設定や実施手 続きをどのようにすべきかを学生 の間で議論してから決めるという こともありうる。たとえば,ミュ ラー=リヤー錯視の実験につい て,角度は何度に設定するか,何 種類設定するか,上昇系列・下降 系列の実施順はどのようにするか を考えることは,参加者しか経験 したことのなかった学生にとって は戸惑うことが多く,このような 選択の余地があると知ることは意 外でもあるかもしれない。適切な 議論の方向づけがなされれば,心 理学の方法論について学ぶところ は大きいだろう。最後に,科学者 の立場についても,要求するレベ ルを変えることで学習される事柄 も違ってくると思われる。年次の 低い学生に実施する場合には,統 計的分析を省略し,レポートの体 裁と方法の記述に注意を傾ける方 式もある。また,統計的分析の実 施とその報告のしかたを重視する やり方もありうるし,先行研究の 文献を提示して本格的なイントロ ダクションを書くよう求めること もできるだろう。 扱うテーマによっては,三つの 側面の配分を変えやすいものとそ うでないものがある。たとえば, ミュラー=リヤー錯視は,条件や手 続きの設定を変化させることは簡 単だが,理論的な考察を行うこと は案外難しい。鏡映描写も理論的 な考察を深めることは難しいかも しれないが,学習の転移や半側性 など,案外広がりを持ったテーマ とつながるので,イントロダクショ ンを充実させたい場合に向いてい るかもしれない。ストループ効果 は文字列や色を変更することは容 易だが,有意義な学習の機会とす るには,それらの操作を仮説や理 論とうまく結びつける必要がある。 原稿執筆時点では,新型コロナ ウイルス感染症の流行に伴って, 各大学で対面状況での授業実施が 難しくなっている。これを受けて, 心理学実験演習をオンラインで実 現する取り組みが各所でなされて いる。その際に,三つの側面のう ちで実現が難しいのは実験者の側 面であると思われる。方法論的な 側面については,webを介したディ スカッションなどによりいくらか 実現できるが,実験手技や参加者 の取り扱いについていかに実感を 伴った学習を促すことができるか が今後の課題であると思われる。 文 献 Gordon, I. E. (2004). Theories of visual perception (3rd ed.) . Psychology Press. 肥田野直 (1998). わが国の心理学実験 室と実験演習:明治中期から昭和 初期まで. 心理学評論, 41 , 307-332. 今田恵 (1962) 『心理学史』岩波書店 井関龍太 (2019). 心理学実験実習のメ ニューはどう決まるか:シラバスに 基づく分析. 心理学研究, 90 , 72-79. 表 1 心理学実験演習の三つの側面とその学習的意義 側 面 学習者の役割 学習内容 デモンストレーション 参加者 現象,背後にある心的過程,仮説と理論 研修 実験者 方法論,実験手技,参加者の取り扱い 分析と報告 科学者 統計的手法,科学的レポーティング